王家の血筋

 一五四年の夏、呉郡富春の東の町はずれにある墓地より五色の雲気があがり、その雲気は龍の形に変わると天に昇り一気に虹に変わったという噂が町に流れた。

 その噂を聞きつけたのだろう。道士が町の外れの畔道で墓地を飽きもせずに一日中、眺めている。

 “道士様、もしかして五色の雲気の噂を聞きつけたんですかい?しかし今さら見ようと思っても遅いですよ。私は幸いにも見ることが出来ましたが、そりゃ~不思議な光景で、赤、黄、青、緑、紫の光の柱が立ったと思ったら、それはいきなりトグロを巻いて一気に空に昇りました。見たのは私だけじゃありませんぞ、ここいらで畑を耕していた者は皆それを見ております。いやいや、畑を耕していた者だけじゃありません、あまりにも大きな気の柱であったため、町の中でもそれを見た者がおります。”

 農作帰りであろう鍬を持った日に焼けた男が声をかけてきた。歳の頃は五十の半ばだと思われる道士は

 “いや、わしも余坑におったのじゃが、ふっと気になり南方の空を見上げると龍の気が立ったのを見たもんでのう、そこからしんどい思いをして三日かけて歩いてきたところじゃよ。”

と、答えた。

 “ほう、余坑の方からもご覧になられましたか。その気が孫の家の先祖の墓から出たということで町の長老は孫の家はきっと盛んになるであろうという話ですよ。うらやましい限りです。”

 “なるほど、孫家か・・・・。盛んにはなるじゃろうな・・・・・・。あの龍の気は恐らく王者の気で、この地から王者が出る証ということだからのう・・・・・・・しかし、それが民には良いことなのか・・・・・・間違いないのは、わしにとっては不吉の気でしか・・・・・・”

 “何故、この地から王者が生まれることが道士様にとって不吉なのでしょうか?”

 男は道士に問いかけたが、道士はそれには答えずただ龍の気が立ったと言われた墓を眺めているだけであった。

 この道士は同年の春、沛国譙県からも同様の龍の気が立ったのを見ている。つまり、彼は漢王朝に取って代わる王者がこの世に起つ事を予想していた。しかし、気脈の流れを見ると呉郡でも同様に王者の気が立つことが予想されていたので彼は余坑にしばらく滞在をし、王者の気が富春方面で立ち昇ったのを確認したので慌てて富春まで足を運んだ。

 漢王朝の衰退は仕方のないことだとしても、この中華の地に王者が二人も生まれるとは・・・・。道士は間違いなく中華の地に乱世が訪れ、それが長引くことを感じた。

 乱世になれば、一番、苦しむのは民である。乱世を長引かせないためには・・・・中原の王者を選ぶか、江南の王者を選ぶか・・・・。中華の地は中原を基本に形成されていることを考えれば、乱世を長引かせないためには江南の王者がこの世から消えなければならない・・・・・・。

 そう考えて道士はその地から姿を消した。

 翌年の夏、呉郡はひどい日照りに見舞われた。雨も全く降らず、家の陰で隠れていようとも汗はひかず、むっとした暑い空気が纏わりつく。

 そんな過酷な気候の中、もうすぐ生まれようとしている命がその家にはあった。そして女は自分の体にも生まれ来る命にもなるべく負担をかけないように家の隅でそっと動かずにいた。

 彼女は既に7歳になる羌という名の息子がいるが、羌は生まれつき病弱であるため彼女は生まれ来る新しい命が健康な男子であれば良いと願っていた。

 その夜、いつものように寝苦しい夜を迎え、その寝苦しさからだろうか、彼女は悪夢にうなされていた。

 夢の中で彼女は何故か年老いた道志に手を引っ張られて呉の城の西の城門まで連れてこられる。すると突然、その道士は彼女の眼を見て何やら奇妙な呪文を口ずさみ始める。

 その途端、自分の体が急に勝手に回り始めたかと思うと突然、自分の腹が上向きに動き出し体が宙に浮き上がりそうになった。そして次の瞬間、いきなり自分の腸が腹から飛び出し西の城門に飛び、城門に巻きついた。

 そこで道士が呪文を止め、いきなり喝を入れると次に命の温かさを感じる光が自分の腹から飛び出し、その光は道士の手の中に納まり、道士はそのまま手を閉じた。彼が手を閉じた瞬間、町の光は全て消え去り闇だけが残り彼女はそのまま地面に倒れた。

 そこで彼女は悲鳴をあげて目を覚ました。あまりにも暑いせいもあるだろうが、あまりにも生々しい悪夢であったために彼女の衣服は水につかったような汗で濡れていた。

 彼女の悲鳴で、隣で寝ていた息子の羌もびっくりして目を覚まし、怯えた眼を向けていたが、彼女は息子に優しく驚かせてごめんねと謝り息子が寝付くまで団扇で風を送った。

 あの生々しい悪夢は何だったのだろうか・・・・。自分の腹から飛び出した光・・・・・・あれはどう考えても自分のお腹にいる子供ではないのであろうか・・・・・。

 そう言えば誰かが去年、孫家の墓から五色の気が天に昇った際に道士が訪れたという噂をしていたが、夢に出てきたのは、その道士なのであろうか・・・・。

 家の蒸し暑さもあり、悪夢のことが気になり、彼女はその夜、眠りに就くことが出来なかった。

 翌朝、彼女は町の長老を訪ねた。そして、彼女が昨晩見た夢の内容を告げ、何か不吉なことが起きるのでは無いだろうか?と相談を持ちかけた。

 その夢の内容を聞いた長老は
 
 “何故にその夢を不吉と感じるのじゃ。その夢は吉である。まず、おのれの腸が閶門(しょうもん、西の門の意)に飛び出して門に巻きついたのは、その腹の子が将来、閶門を守る人物になるという意味である。本々、我々の祖先は人の首や腸を城門に吊るして魔除けをしておったからの。次に光が道士の手に入り、道士の手の中で消え闇が訪れるというのは、この世は陰と陽から出来ているという真理を示しており、腹の子はこの世に選ばれた人物という証であろう。これほどの吉の夢を見るとは前年に見た五色の気は孫家の繁栄を間違いなく示しており、腹の子は間違いなくたいそうな人物に育つぞ。お前が見た夢は喜ぶべき夢である。”

 と言ったが、彼女はあの生々しい夢が忘れられず長老の説明には納得がいかなかった。しかし、少なくとも不吉な夢であると言われなかっただけでも彼女は救われた。

 その翌週、彼女は元気な男子を産んだ。そして、その男の子は堅と名づけられた。

 さて、堅が生まれる前年に沛国譙県と呉郡富春での二か所で、先に述べたように道士が龍の気が天に昇るのを見ているが、沛国譙県の龍の気は曹家の墓から昇ったと言われている。

 その沛国譙県の曹家では堅の生まれた同年の1月に男子が誕生している。名前は操である。



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